科学技術への市民参加型手法の開発と社会実験 −イベント「市民が考える脳死・臓器移植」を中心に−
第3章 社会実験に向けた手法設計の研究
三村恭子
本プロジェクトの中核的課題は、コンセンサス会議など既存の参加型手法を基盤としながら、参加者同士の対話をより深めることのできる手法を新しく設計し、さらにその適用可能性を社会実験によって検証することである。欧州における海外手法調査(第1章参照)を踏まえて、2004年春ごろから、この新手法の設計のため研究会やメーリングリスト上で本格的な議論が始まった。そして、同年6月25日には、欧米のプラクティショナー3人を招いて国際ワークショップを開催し、そこでの討論を通じて、テーマに応じて対話を深めるための様々な手法設計上のアイデアを得ることができた。さらに、このワークショップでの議論をもとに、2004年夏以降、社会実験の実施に向けて設計方針を検討する作業を進め、同年秋までに、コンセンサス会議をベースとし、市民と専門家の対話をより深めるための新たな参加型手法の設計方針が固まった。以下、本章では、この設計研究の経過を報告する。とくに、2004年春ごろからの研究過程のなかで、プロジェクト内において作成された三つの主要な設計案と各案の特徴(重視されている論点)をごく簡単に紹介し、フォーカス・グループ・インタビューの実施から参加型イベントの詳細設計に至るまでの過程で幾度となく討議されてきた本質的な課題を明らかにしておきたい。
1. 専門家と市民の対話を「深める」ということ
市民同士あるいは市民と専門家とが対話を「深める」ことのできる手法を設計することが、本プロジェクトの目的であるが、そもそも対話を「深める」とはどういうことなのだろうか。この点について、プロジェクトメンバーの見解は様々であり、手法研究を始めた段階では、この「深める」ということの意味について、プロジェクト内で共通の認識はなかったと言ってよい。しかし、コンセンサス会議の社会実験の蓄積や、海外手法調査の経験をもとに、実現可能な手法設計の可能性について、メンバー間で議論を重ねていく中で、「対話を深める」という目標をめぐって、以下のような課題が明らかになってきた。
- 何をもって対話が「深まった」、「深めることができなかった」と評価するのか
- 誰が「深さ」を評価するのか(現状のコンセンサス会議批判が特定の立場の人々による見解であるのなら、その批判の妥当性自体も考慮すべきである)
- どのようなアウトプットを目指すのか(ある程度のコンセンサス・提言、ある程度のコンセンサスを得たアジェンダ設定、あるいは、提起された課題のカタログなど)、誰に向けた提言とするのか
- コンセンサス会議のどの段階(「問題の深化(拡散過程)の部分に重点を置くか、問題の収拾(まとめ過程)の過程に重点をおくか」)を拡張することにより対話を「深めるのか」
- 現実的にどの程度「深める」ことが可能なのか(実施を見据えて数々の制約条件を考慮する必要)、
- 本当に「深める」必要があるのか、深めるのは市民対専門家だけではなく、専門家対専門家もあるのではないか。
社会実験をにらんだ手法設計の研究は、プロジェクト全体で認識を共有しながらスムーズに「前進」していけるような単純な作業ではなかったが、これらの課題に対峙しながら、具体的な設計を検討していく中で、「対話を深める」ということの内容や、そのために考えるべきことが徐々に明らかになっていった。
こうした問題に加え、以下のようなアクターに関するファクターも考慮していく必要があった。
- 専門家をどのような位置づけにするか(サポート部隊、チューター、コミュニケータ、プレゼンターなど)
- 事務局の関与・介入はどの程度であるのが妥当か
- 参加者たちの心的距離を縮める(コミュニケーションの密度を高める)には、どのような工夫がいるか
本プロジェクトでは、実社会における実験を通じて、これから開発する新たな参加型手法の適用可能性を検証していこうとしている以上、こうした個々の課題は、手法設計研究一般というレベルにおいてだけでなく、各テーマの文脈において問われるものであった。
2. 二つの設計案
プロジェクト内の作業グループでは、以上のような課題を意識しながら、複数の設計原案が作成の作成が進められ、その案をたたき台としてプロジェクトメンバーの間で議論が行なわれた。全体での研究会・ワークショップのほか、メーリングリスト上でも行なわれた議論を、ここで詳細に再現することはできないが、この間の議論のポイントを理解していただくには、プロジェクト内で出された設計案を実例として紹介するのが一番よいであろう。設計研究の過程で、主な検討対象となったのは以下の二つの案であった。
A案:「市民対専門家」といった構図にならないよう、専門家間における説得・情報提供の競争を市民パネルに見せる形式をとる。それを基に、市民パネルは、鍵となる質問を作成する。専門家たちは、これを受けてプレゼンテーションを行ない、最終的には市民パネルが争点の順位付けをする。
この手法の特徴は、「市民対専門家」という構図を避けることにより、知識の格差から生じ得る市民パネル側の見解の科学的妥当性に関する問題を避ける、あるいは軽減することが可能となる点にある。そして、市民側の勉強しなければならない部分と専門家の見識の相違を理解する部分を同時進行することができる。しかし、争点を専門家が設定することが、市民パネルが独自に提出し得るアジェンダ・枠組みの設定を阻む危険性が強いことから、市民パネルの積極性、独自性、自立性の確保のため(市民のローカル・ナレッジを引きだすため)には、制限される要素が多い手法であるという点が議論された。
B案:「鍵となる質問」を作成するまでの時間を短めにし、その代わり、その質問を受けてからの議論に時間を多く配分する。また、市民パネルとの対話のセッションにおいて、専門家パネルは2グループに分かれ、少人数の専門家とのより距離の近い対話を可能とする。市民パネルが議論する際は、専門家同士も議論できるようにし、専門家と市民パネルの相互の質問のやり取りができるようにする。市民パネルには、サポートのための解説的役割を担う専門家を立てる。
この案には、基本的にコンセンサス会議をモデルとしていることから、手法的な頑健性を確保しているという利点がある。また、議論を長く取っていることから、時間的に議論を多くすることを可能としている。ただし、サポートの専門家から「勉強して」終わりになってしまう危険性は、指摘された。また、この手法の場合、コンセンサス会議の変型でしかないと見ることも出来てしまうので、新手法の開発という目的に適っているかどうかという疑問は残った。
以上2つの案のうち、A案はプロジェクトのかなり早い段階で提案された。次に、A案とは異なった性質のものとして、よりコンセンサス会議に近いものとして提出されたのが、B案である。この2案が、2004年6月の国際ワークショップで議論された。
2案とも、前項で列挙した課題に照らしてみると、いずれも議論を「深める」方向に設計されていた。ただ、その方向性なり力点は異なっていた。つまり、時間を多く設けることがすなわち「深める」ことなのか(B案)、それとも、争点がかなり確立している脳死・臓器移植のようなテーマにおいては、より政策的インパクトが大きい可能性のある(専門家と市民双方の要素を混ぜ合わせたような)順位付けをすることが「深める」ことなのか(A案)といった違い(でもあり共通点でもある)があった。
3. テーマから手法設計へ−−国際ワークショップで得たもの
さて、これらA案・B案を中心として、手法設計の議論に議論を重ねて我々が選択したのは、1)対話における距離感を減らし、コミュニケーションの密度を高めるということを優先する方向性、2)コンセンサス会議を手法的なモデルとして反映させること、3)当事者性が強すぎるために一部の参加者が発言困難になる可能性をできるだけ少なくすること、であった。こうした方針を決定づけたのは、2004年6月、東京都内で開いた国際ワークショップの場で行った、A案とB案の比較検討の議論であった。この席では、欧米の参加型手法の経験豊富な研究者・実践者たちの知見を聞き、その上でプロジェクト全体の議論が活発になされた。このディスカッションの主要な論点は、次のようなものである。すなわち、手法開発の鍵は、「どのような手法・手段を選択するか」ではなく、扱いたいテーマそのものにあるべきだというものである。この点は、もちろんそれまでのフォーカス・グループ・インタビューの議論においても論じられてはいた。しかし、このワークショップにおいて、その点はプロジェクトメンバー全員によって強く認知・共有され、テーマ先行で手法を具体化していくという方向でプロジェクトが動いていく契機となったと言える。
そして、前章で報告したフォーカス・グループ・インタビューの結果を踏まえて、まずテーマを「脳死・臓器移植」に決定し、またB案をベースとして新たな手法を設計することが決まった。この方針に基づいて、プロジェクト内の作業グループが新たに以下のC案を提案した。これが、次章で詳述されている採用案のプロトタイプである。
C案:先ず、事務局と専門家(レファレンス・パーソン)が出発点としての「鍵となる質問」を作成する。専門家パネルは、それに答えるかたちで市民パネルにプレゼンテーションを行なう。次に、このプレゼンテーションを基に市民パネルが彼らの「鍵となる質問」を作成し、専門家パネルに提示する。それを用いて、市民パネル対専門家の対話セッションを展開し、論点の整理をしていく。
この案は、対話のための仕掛けを充実させている点が大きな特徴となる。今までのコンセンサス会議方式では、専門家から市民パネルへという知識のフローの一方向性が存在していたが、それを克服するモデルである。ただし、対話の時間やグループ設定、質問の数などでかなりの制限をしていかないと、非常に長いセッションになってしまう可能性が高いこと、出発点の時点で市民パネルを反映させていないことが、なんらかのバイアスにつながってしまうリスクと受け止められる可能性があることなどがあげられる。
コンセンサス会議方式では、市民パネルの意見、コンセンサスをまとめるよう圧力をかけるところを、本プロジェクトでは市民と専門家の対話促進を中心に置く形に整えられていった。そして、特に脳死・臓器移植という問題の性質(倫理的課題や歴史的経緯)から、数日の議論で市民パネルが社会への提言となるようなコンセンサスに至ることを目標とするよりもむしろ、今後社会的な規模でじっくり検討されていくべき議題の提示に焦点を置くことが適切であろうという結論に至った。
4. 設計研究の意義
以上、手法設計に関する議論の中で繰り返し討議されてきたイシューをかなり簡略に述べてきた。いささか単純化しすぎているきらいがあることを、報告者も認めざるを得ないが、紙面の制約上、かなり思い切って議論の単純化をはかった。とはいえ、対話を深めるということや、トピックの決定と手法設計を論理的に整えていくことが困難である具体的な理由が少しでも示せたのではないかと思う。
我々が実行に移した手段は、決して我々の出し得た唯一の結論なのではなく、むしろ多々ある選択肢の中から恣意的に選び出して試行することに決めたものである。それは、実践的取り組みにおいては、避けては通れない制約である。ただし、「対話を深める」試み、ひいては参加型手法開発そのものには、当プロジェクトでカバーし切れなかった大いなる可能性が存在していることはご理解いただきたい。今後引き続き研究を重ねていき、多様な可能性を探る意義はきわめて大きいのである。コンセンサス会議のような手法的な安定性は利用しつつも、取り組む課題に応じて、テイラーメイドしていく必要性は、どのような参加型手法においても避けては通れないことであり、本報告は、そのうちのたった一つの事例であることを最後に述べておきたい。